藤原観音堂
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観音の台座は竜湖石の名がある
その昔、宮古町と藤原地区は橋が無く交通は船に頼っていたが、大雨や大時化の時には船を出せないため、藤原で死人が出ると和尚も来れないので引導を渡せなくて困っていたという。その不便を聞いた宮古山常安寺七世霊鏡竜湖和尚は宮古村、黒田村を経を唱えながら施しを受け藤原石崎に観音堂を造建した。奉られた観音は聖観世音菩薩立像で天和2年(1682)に霊鏡が建立したという銘が残されているという。
この観音が乗る台座は、観音建立に際し適当な台座がなかったため住民らが困り果てているところを、霊鏡竜湖和尚が一心不乱に海の竜王に祈ったところ、7日目の夜、海がふたつに割れて飛来した石だと伝えられている。以来観音が乗っている蓮華座の台石は「竜湖石」の名がつけられた。
藤原観音堂は現在も地区の人々の仏教的日常生活に密着しており、毎月の観音縁日には藤原の女念仏講が集まって信仰を深めている。