千鶏小学校
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目次 |
校章
学校教育目標
心豊かで たくましい子どもの育成
- 明るく豊かな心を持つ子(明るく)
- よく考え進んで学ぶ子(かしこく)
- 体を鍛えたくましい子(たくましく)
特色ある教育活動
学力の向上
- 複式指導の充実、読書の推進・満点テスト習慣、チャレンジタイム、家庭音読他
- 「開かれた学校」の推進
- 地域連携の体験活動「海の子タイム」
- 学校・地区・保育所合同の行事等
- 体力の向上 一輪車、マラソン、なわとび等
重点研究主題
数学的な考え方を高める算数指導のあり方
~複式指導における見通し及び一人学びの支援をとおして~
千鶏小学校閉校
東日本大震災の大津波で校舎が被災したまま重茂小学校に間借りして授業を行っていた宮古市立千鶏小学校(畠山博明校長、児童24人)は2014年3月で137年の歴史に幕を降ろし閉校した。少子化による児童数の減少によるもので、地区民、卒業生らから惜しまれながらも終止符を打った。重茂半島に位置する海の見える小学校として多くの卒業生を輩出。最後の卒業生らは楽しかった思い出を胸に、晴れやかな表情で卒業証書を受け取り思い出の校舎に別れを告げた。
千鶏小学校最後の卒業式と閉校式。光る涙と希望の明日
千鶏小学校の卒業式と閉校式は2014年3月15日大津波から被害を免れた同校体育館で行われた。最後の卒業生は女子児童のみ7人。重茂半島の自然に恵まれた環境の中で、全員が家族の様につながりながら成長してきた児童たち。式では、それぞれが楽しかった思い出を、ありがとう千鶏小学校と大きな声で会場に響かせた。 震災後には両校は重茂小学校の間借りして学習してきた。同じ校舎での重茂小学校児童とともに、運動会の行事、見学学習など一緒に学習する機会も多く作り、友だちの輪を広げてきた。閉校を惜しむ声の中で児童たちは、ここで学んだことを誇りに、新たな学校で目標に向かって頑張ると涙をぬぐった。4月から重茂小学校に統合し新たな歴史を刻む事になる。
千鶏小学校の変遷
千鶏小学校は明治10年9月、公立重茂小学校の分校として創立。同20年に重茂尋常小学校千鶏分校になった。明治29年の三陸大津波では両校共に校舎が流失。校舎を移転した。昭和23年に重茂村立千鶏小学校となり、30年4月に宮古市立千鶏小学校となった。
校歌
- 千鶏小学校校歌
- 作詞:駒井雅三 作曲:鷹觜洋一
- みんな元気か おはようと
水平線に 日がのぼる
とどのぼり島 ぎょうぎよく
二つ仲よく 鳥の声
千鶏学びの 庭広し - 千羽に鳥が ふえたとき
海山幸に 恵まれた
千鶏の村の 伝説よ
嵐にたえる 浜菊の
花を理想の わがしるし - かろの夕霧 トド崎の
光にてらす 大海よ
大きな船が 南北
われらの夢を 積んでいく
宮古千鶏の わが母校
基本データ
- 住所:宮古市重茂第11地割39-2
- 電話:0193-68-2315
- 創立年月:明治10年9月
- 児童数:28名(平成19年現在)
- 出典:宮古の教育・平成19年度版より