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2014/09 おらぁどごさいっても宮古人だがす

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 長年にわたり「ミヤゴズン/宮古人」をやっていると、ああ「オメサンモ/あなたも」「ミヤゴズンダガネー/宮古人ですねー」と思うことや、宮古人特性丸出しの自分が自分で可笑しかったり、人前でちょっと「ヤセガナガッタリ/ヒヤヒヤしたり」、情けなく思ったり、はたまたホッとしたりすることがある。今月はそんなあなたもやっぱり「ミヤゴズン」という方向から宮古弁を楽しんでみよう。

 まずはお盆月ということで宮古人の花火特性についてだ。最近はコンビニや大型店舗が台頭してほとんどの家では袋入りのセット花火を購入し「マヅアガス/松明かし」などで楽しむけれど、昔は各町内の「ミセヤ/店屋・小売店」で「ドンドロ/爆竹」などの鳴り物から、ロケット花火、電気花火、ヘビ花火などをバラで買ってそれぞれ各好みで楽しんでいた。そして「ミヤゴズン」の花火には暗黙のルールがあった。なんと花火は「マヅアガス」のある日の夜にしかしないのである。だから1日の「ムゲービ/迎え火」「ナノガビ/七日火」盆入りの13日~16日、20日の二十日盆、そして送り火の31日にしか花火で遊ばないのが基本だ。それ以外の日や昼間にやると白い目で見られるのであった。そして、究極は墓参りに伴う花火だ。昔の墓参りは前述の「ミセヤ」で大量に買い込んだ花火を朝のお墓で鳴らすのが粋とされた。着火すると噴水のように火が上がるドラゴン花火(俗称)に着火して記念写真を撮ったりするのも「ミヤゴズン」ならではだ。とは、言え、最近はそんなルールも忘れられ昼間から花火の音がしたり、お墓で花火をしているのは今はいい大人になった人が昔を偲んで花火を鳴らしているだけとなった。「ホラ、オメガンドーモ、マゲンナ/ほら、お前等も負けるな」と鳴り物系の花火を推奨した「オンツァン/伯父さん」も墓の下で嘆いていることだろう。

 次はちょっと下ネタだ。宮古にバキュームカーが登場したのは戦後の昭和35年頃と推測される。宮古においてこの業界の先駆者はもちろん宮古衛生社だ。昭和29年には清掃法という法律が施行され屎尿の処理は行政の義務となった。しかし、市営の屎尿処理場ができたのは昭和37年であった。その間屎尿をどう処理したかは知らないが、その時代、宮古衛生社のトレードカラーの群青色の車体に黄色のタンク、黒いホースを積んだそのバキュームカーはそれはそれは「メズラスー/珍しい」車両だった。当時はまだ自動車が珍しい時代でもあったから近所に汲み取りが来ると子どもたちは「クセークセー/臭い臭い」と言いながら負圧で勢いよく暴れ回るホースをわざわざ「ミサ/見に」行ったほどだ。さてここからが「ミヤゴズン」特性だ。そんな屎尿処理創生期を経験した人はなぜかバキュームカーを「エーセーシャ/衛生車?」と呼ぶ。車を運転している時でもバキュームカーの後方に付くと「エーセーシャノウッソダッタ/衛生車の後だった」と言うし、昼下がりなど「ドッカラガ/何処からか」「コーバスー/香ばしい」ニオイが漂ってくると「ドゴサガエーセーシャガキッタンデネーガ/何処かに衛生車が来ているのではないか」と言ったりする。考えて見ればはるか昔、都内でもまだバキュームカーが活躍していた時代、その総称を「衛生車」と呼んでいたとすれば「ミヤゴズン」の感覚も捨てたものではないわけだが、近年、宮古にもその手の処理会社は数社あるのに、その会社の名称は関係なく屎尿を運ぶバキュームカーは「エーセーシャ」と呼ぶのである。文化生活は水洗からというが、市街地の水洗設備は整っても借地だったりして汲み取りのままの家はまだまだ多く宮古市総水洗化の道は果てしなく遠い。

 次は「ミヤゴズン」の悪い癖でもある「ミヤゴツカン/宮古時間」という微妙な集合時間の遅れだ。ちなみに「ツカン/時間」と濁点を外していることから宮古弁では相手に対して敬意を払った表現だ。昔から「エレーサマ/偉い人」は下々の者が顔を揃えた所に悠然と登場するのが定番で、主賓なのに会場に一番最初に入るのは格好悪い。さりとて自分はさほど偉くもないわけで、仕方ないから早くもなく遅くもない時間に会場入りする予定で「モヨウ/支度をする」のだったが、案の定、集合時間に遅れて来るのが「ミヤゴズン」ならではの特性であろう。行政などでは何事も10分前の基本が徹底しているというが「エレーサマヨッカ/偉い人より」後に行くのは気が引けるので、集合10分前のさらに10分前、結局、予定時間より20分も前に会場入りしてしまうのであった。

 最後は気が短い「ミヤゴズン」だ。とにかく「ミヤゴズン」は並ぶとか、順番待ちが苦手だ。「ヒルメスドギ/お昼時間」の食堂などで、他の人が食ってるのを見ながら待つのが耐えられない。けれどメニューが1品しかないたらふく食堂の中華そばとか、家電量販店の初売りなどは並んででも順番を待つ傾向にある。これらの傾向からまず、たらふく食堂では皆「オンナス/同じ」中華そばを食うので注文品の価格差が出ず公平で安心、初売りは縁起担ぎもあり格安品を狙う競争が発生しているからと思われる。「ミヤゴズン」は腹が減って何か食うと決めたらすぐ食いたい、しかも、メニューを他人様に見られたくないのである。逆に言うと「ミヤゴズン」は食堂などで仕方なく並んだ場合、他の人が何を食っているかチェックしているのである。「ミヤゴズン」は往々にして誰も見てはいないのに誰かに見られていると周りに気を使って暮らしているため、その反動で並ぶ行為に抵抗があるのだろう。このような傾向は田舎に行けば行くほど顕著で、もちろん「ミヤゴズン」のいる宮古も田舎なのであった。

 この他にも歩いても「テースタゴドガネエ/たいしたことのない」距離なのに当然のように自動車で移動するなど、様々な場面で「ミヤゴズン」が顔を出してしまうことがある。宮古生まれ、宮古育ちなんだから「ミヤゴズン」で大いに結構。でも「ヤッパス/やはり」ちょっと「ワラーサル/可笑しい」。ただしこの「ミヤゴズン」特性は年々減少化傾向にあり近い将来、新しい「ミヤゴズン」に刷新されるであろう。

懐かしい宮古風俗辞典

はいきた

はい、次がきましたという自己的合図であり、次に続く人へ促す号令。快く了解しました、お次をどうぞ的意味。

 複数の小荷物を複数の人数で運ぶ場合、各自勝手に運んでもよいが、効率的かつ短時間に運ぶため一列縦隊で搬出位置から目的地まで手渡しで運ぶとスムーズだ。まるで戦時中の国防婦人会の消火活動訓練でもあるバケツリレーを思わせるこの運び方だが、さらに何らかの号令があると各人の仕事能率がアップする。ここで使われるのが「ハイキタ」であろう。はいよと手渡し、次もきたぞと急がせる宮古流の号令だ。また「ハイキタ」はバケツリレーの号令のみではなく、通常の仕事や用事の返事にも使われ、この場合「はいよ、合点」的に指示の、返事として使われる。しかも、「ハイキタ」の返事には今すぐその用件に取りかかるという暗黙の了解も含まれており、なにかの指示に対して「ハイキタ」と返事をしたら即、席を立って任務を遂行しなければならない。終戦間際、頻繁に空襲があって火事が頻発した。婦人会の「カガサン/母さん方」は水の入ったバケツを渡しながら「ハイキタ、ハイキタ」と号令をかけていたことだろう。

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