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2008/03 石のオブジェと信仰媒体

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 長年石碑取材をしているから、今から訪ねようとする土地の石碑のありそうな場所が思い浮かんできて、確かあそこには金比羅と庚申塔が2基あったな…などと思いついたりする。そしていざその場に立つと金比羅ではなく馬頭観音で庚申塔ではなく西国塔だったりもする。人の記憶なんて何回も上書きしているうちに都合良く改ざんされるらしく毎月石碑の記事を書いている割には記憶力はかなり低い。そんなわけで以前に訪ねた場所の石碑群であっても初心を忘れずに丹念に眺める。記事に書く石碑は1基であっても周辺の石碑のなどを調べるとまた違った見え方があったりするものだ。ついでに近くに古い墓石群などあればそれらも調べる。信仰心があるわけではないが、墓碑など触ったり動かす時はガラにもなく短い真言陀羅尼を心に念じたりもする。

 300年ぐらも前の江戸中期から末期あたりの墓は墓所では整然と並んでいることが多いが、実際に墓碑の下に遺骸があることは極めて少なく長い年月と共に墓碑も整理され移動している。実際問題として仮に人を葬る穴を掘る場合を考えても並んだ墓と墓の間隔では棺桶を入れる大きさの穴を掘れるはずがない。

 近年は法律も厳しくなり寺院の墓所に埋葬するのが一般的だが、ひと昔前は屋敷墓地と称して死人を家の周りに埋葬していた。これは死の穢れが歳月とともに浄化され、将来的には仏はその家を守護する先祖霊となるという思想が根底にある。今でもちょっとした農家を訪ねると新墓所とは別に母屋の近く建てられた江戸末期から明治あたりまでの屋敷墓地を見かける。僕はそういう石碑も好きで、年代や戒名を読み供養の真言を唱えたりもする。石碑や墓碑、神社などは粗末にすると祟りや罰が当たると敬遠され「触らぬ神に祟りなし」の諺のごとく人はそれを避けて暮らしている。しかし、常識的な範囲ならば神社も墓も石碑も好きなように触っていいと思う。ほんのちょっと前まで寺も神社も墓所も子供の遊び場だったはずだ。

 さて今月は石碑と言うより石のモニュメント的なものを何個か集めて紹介する。これらは石碑を求めて散策している途中で見つかる「変わったもの」というカテゴリーだ。中にはれっきとした信仰物もあるが意味不明なものもある。最初に紹介するは新里地区和井内の宝鏡院山門脇の六地蔵の横にある不思議な石だ。なんとこの石には「へのへのもへじ」の顔が刻まれている。へのへのもへじは文字遊びのひとつで正式には「へへののもへじ」であり、「へねへね…」「しにしに…」からカタカナが混じったものもある。このような文字遊びの発生は古いかも知れないが、平仮名がある程度一般化し庶民らも書いて遊べるようになってから広まったと思われ、大衆化したのは意外と歴史が浅いかも知れない。この石は直径30センチほどの大きさで六地蔵の前に何気なく置かれている。ちょっと見ただけでは石に彫られた文字は読めないのだがじっくり観察すると「へのへの…」が見えてくる。親より早く死んだ罪のため賽の河原で永遠に石を積むという子供の亡者に供える積み石として誰かが納めたのかも知れない。

 次の石は津軽石稲荷神社境内にあるもので、高さ30センチほどの台形の台座に瓢箪型の石碑が乗ったものだ。石碑には独特の揺れるような字で又兵エ尊、下部に坂下嘉道の名があり後部に西暦で1960・10とある。留場から鮭を盗んだ又兵衛を撲殺したため翌年から津軽石川には鮭が遡上しなくなり、これを憂いだ漁民たちが神子の託宣を得るというのが又兵衛伝説だ。この逸話のなかで神子が託宣したというのが津軽石稲荷神社だ。漁民達は反省し又兵衛を崇め祀ることにより鮭川の守り神にしたところ鮭は従来通り遡上したという。この神社は川帳場と留場を見下ろす山の上にあり同地区の山崎氏が別当になっている。

 次の石碑は小沢の旧黒森神社参道入り口にある。石碑は台形型のもので前面に御体石、右に寛政九年(1797)八月廿十九日、左に黒田村・市兵衛とある。この石は一説によると「やすみいし」と呼ばれ、黒森神社に参詣する南部藩公が腰掛けるために奉納されたと伝えられる。しかしながら「休」と「体」は文字が違うし、南部藩が黒森神社に対して信仰心があったことは認められるが藩公が直接黒森神社に参詣したという事実は不確定だし、デザイン的にも殿様が腰掛けるように作ったとは思えない。おそらくこのオブジェには別な意味が込められているのだろう。

 最後の石は宮古市最高峰でもある峠の神山(1230m)の頂上から東側に分け入った藪の中にある。形は1メートルほどの円形の岩盤を真っ二つにしたような形状で明らかに山を女神として崇める象徴でもある女陰石だ。義経北行伝説によるとこの岩は平泉を発ち蝦夷地へ向かったという義経一行がこの地を通りかかった際に弁慶が太刀で割ったと伝えられている。


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