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2008/02 芸能関係の石碑と神社

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 今月は特集内容が黒森神楽の演目などを紹介している。そこでそれに連動してというわけではないけれど、石碑紹介のコーナーも民俗芸能などに関係した石碑や神社を紹介する。

 最初に紹介する石碑は新里・和井内地区の宝鏡院参道脇にあるもので中央に剣舞供養、右に昭和三十九年八月吉日、左に仲組念仏踊組合一同とある。平成の大合併で宮古市と合併した旧新里村の刈屋川筋の集落にはそれぞれ、茂市鹿子(しし)踊(茂市)、日向鹿子踊(刈屋)、下刈屋大念佛剣舞(刈屋)、清水獅子踊(和井内)、中郡念仏踊(和井内)などの別組織の剣舞や念仏踊りの講があって現在もそれぞれ活動している。それらは各団体によって活動の幅は異なるが昔のように死者を出した家の儀礼として舞うような使役舞ではなく、芸能まつりのようなイベントで地域の民俗芸能として披露する方が多くなっている。

 本来どんな集落にもその地域で育てた信仰や芸能などが必ずあった。それが行政区や管轄の合併統合などにより古来から封印された地域という閉鎖空間が開かれると、従来までの地域色は刷新され、同時にその地域のみのネットワークで成り立っていた芸能や信仰がひと昔前の古くさい遺物のように見えてきて、しだいに人々の心から忘れ去られてしまう。

 神格化した先祖霊を呼び込み地区の五穀豊穣や大漁を願ったり新しい死者を弔う芸能は、断定はできないが比較的農村部の集落に多いようだ。漁村においては異界としての山という畏怖より海に関係した岬信仰や竜宮信仰に傾斜している。これは海上から確認できる岬を現世の境界とし、それより沖を黄泉の国と考えるものでこの思想を根底に岬に石碑や社を祀る信仰だ。そのためか古くから農耕ではなく生業のほとんどを沿岸漁業に頼ってきた鍬ヶ崎地区には具象化した神や権現を呼び込むような芸能は発生しなかったようだ。また、塩釜あたりから沿岸の港づたいに流れてきたであろう虎舞という特殊な芸能も鍬ヶ崎には定着していない。  次の石碑は田老の神田地区にあるもので、中央に踊念仏供養、右に享和四子天(年・1804)左に七月吉日とある。通常は地域の女達による念仏講が建立する念仏供養塔としてよく見かける石碑意匠だが、この石碑は「踊念仏」とあるから神田地区にかつて存在した某かの民俗芸能による死者送りの供養塔だ。  伝説の武将や戦による死者を弔ったなどという創作伝承もあるが、本来盆月の8月に舞われる踊りは念仏講をはじめ、さんさ踊りから盆踊りまで死者を弔い、彷徨う霊と人が接触するための仕掛けであることが多い。非日常を表す女物の襦袢や緋色の着物、山の生き物を全てミックスした鹿子の権現など、死者の魂が奥山から戻り生者と接触し、それを奥山へ返すための儀礼が踊りでありこれが発展して各種、剣舞、念仏舞、鹿子踊りが生まれたと考えられる。

 次の写真は石碑ではなく神社の石宮だ。この神社は津軽石払川地区にある諏訪神社で、神社の中には小降りではあるが石製の対の権現様が奉納されている。諏訪神社は天正11年(1583)に血縁の一戸千徳氏によって謀殺された一戸鬼九郎行重の居城・払川舘の舘神ではないかとされている。神社は瑞雲寺新墓所から払川舘古井戸跡を通り人工的に開削された南側の砦らしき平場にあり木製の社と2基の石の社がある。諏訪信仰は長野県諏訪湖周辺の諏訪大社を源流とする信仰で狩猟を中心に漁業の神であり、同時に軍神、戦神の性格も兼ねる。また、諏訪信仰は北条氏による鎌倉幕府挙げての諏訪大社勧請もあったことから、当時からの舘神ではないかとされるが、この神社創建の時代は不明であり藩政時代になってから舘跡に勧請されたものとも考えられる。

 最後の写真も石碑ではなく神社だ。この神社は牛伏地区の大立石神社奥宮でここにも石の権現様が奉納されている。ただしこの神社は山の頂上付近に露出した岩塊そのものが御神体であり石宮はあるが通常の神社とは趣が違う。また岩塊最上部には座像石仏がありこの神社が神仏混合のまま現在まで続いてきたことを伝える。大立石神社は別名・御久留尊(クルソン)とも呼ばれ、一説によると釈迦如来出現以前の古い仏教に関係する仏を祀っているという修験の霊場でもある。

 芸能も信仰もそして地域や学校教育も合併し簡素化すればさえいいというものではない。何事にも限界というものがあって本来合併の利点とリスクは各集落ごと微妙に違うのではないかと思う。宮古市の民俗芸能は無形文化財に指定され、ある意味今後はブランド化してゆくであろう黒森神楽だけではない。もっと小さなネットワークで素朴なメッセージを伝承しながら大切に踊り舞い続けている団体もまだまだある。これからはそれらにも目を向けて、舞いやリズムの中に先人達が思い描いた死者と生者の民俗学的側面を眺めてほしいと思う。

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