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渡船

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閉伊川の渡し半世紀。閉伊川の渡船

明治43年、閉伊川河口の藤原と光岸地を結ぶ渡船が誕生した。当時、官庁関係は愛宕地区にあったが、藤原地区に行くために宮古橋を渡るのは不便だった。そうした役人を運ぶために始めたのが、愛宕地区の坂下伊兵衛氏だった。6メートルの小船で棹や櫓を漕いで運行した。定員は30名前後で船賃は5厘から始まり、戦前は大人2銭、小人1銭。戦後には50円、30円となり所用時間5分で結んだ。その後、寅治、松雄さん親子3代で引き継いできたが、昭和44年3月、高度成長の交通革命に勝てず、川から姿を消した。  

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