大梵天舘(小国)
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2014年10月24日 (金) 09:27時点における最新版
[編集] 室町時代、小国を統治した武田氏の居城大梵天舘(小国)
旧小国村大圓寺の背後の山は室町時代の文亀2年(1502)に築かれた中世の山城跡だ。城は大梵天舘と呼ばれ当時小国を統治した武田氏の居城だった。城は小国川支流土沢と湯沢の谷川に挟まれており、細く険しい細長い尾根の上に築かれ主郭の標高は400メートルで中腹の物見台からは関根地区と周辺の山、遠く三垂牧場が見渡せる。 武田氏は南部氏の家臣として甲斐国から小国に入ったとされる。戦国時代にかけて江繋氏など周辺豪族と争いながら滅亡し、藩政時代は武田氏に代わり嶋田氏の知行地となった。現在舘跡は小国地区民によって整備されているが道は細く険しく主郭周辺は低木が茂っている。
舘登り口には標柱がある